個人事業主とクーリング・オフの適用

2020/07/27 10:44
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q: 当社はある商品を販売する事業者です。当社の商品を個人事業主であるXに対して販売したところ、当該Xとの間の契約が消費者契約法に違反するため契約を取消すと主張してきました。そのような主張は認められるのでしょうか。

A: 貴社が商品を個人事業主に対して販売した場合には消費者契約法の適用はありません。そのため消費者契約法を理由に取消すことはできません。

他方で、たとえ相手が個人事業主であるとしても、かかる個人事業と関係なくあくまでの消費者として当該契約を締結した場合など一定の場合には消費者契約法が適用される可能性があります。

1 契約締結後のクーリング・オフやキャンセルについて

近年、消費者保護の関心が社会的にも高まり、クーリング・オフなどの制度についても多くの人に知られています。

まず、クーリング・オフ制度について簡単に説明します。

クーリング・オフとは、「申込みまたは契約の後に、法律で決められた書面を受け取ってから一定の期間内に、無条件で解約すること」をいうとされています(消費者庁ホームページより抜粋)。

クーリング・オフ制度は特定商品取引法や消費者契約法に定められています。クーリング・オフによる取り消しの適用には要件がありますので、どのような取引についてもクーリング・オフによる取り消しが認められるというわけではありません。

消費者契約法に基づくクーリング・オフについては、適用される契約に制限はなく、原則としてすべての契約についてクーリング・オフ制度が適用されます。

それに対して、特定商品取引法に基づくクーリング・オフについては、訪問販売や通信販売など適用される契約類型が定められています。

消費者契約法において取消が認められる場合として、偏った情報による誤認に基づき契約を締結してしまった場合や、家に押しかけて契約を迫り消費者が退去を要求したにもかかわらず退去をしないことなどにより消費者を困惑させて契約を締結させた場合等が規定されています。そのため、商品取引法に基づくクーリング・オフが原則すべての累計の契約に適用されるとはいっても、取消の理由なく取り消しをすることができるというわけではないことには留意が必要です(債務の不履行がある、などの事情がある場合には民法上の解除等を検討することになります。)。

以下では特に断りのない限り、消費者契約法に基づくクーリング・オフを想定して解説します。

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2 消費者契約法により保護される「消費者」とは

上記1において、クーリング・オフによる取り消しを主張できるのは「消費者」であることを前提に解説をしてきました。

それでは、クーリング・オフを行うことができる「消費者」とはだれを指すのでしょうか。

消費者契約法において「消費者」とは、「個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう」(同法第2条第1項)と定義されています。

つまり消費者は①個人、すなわち法人ではなく、②事業として又は事業のために契約をするものではないものをいうことになります。

この点について、特定商品取引法においても、「営業のために若しくは営業として」締結する契約は除外されていることが多く、営業を目的とするものについては適用されないことを想定していると考えられます(特定商品取引法第26条第1項等参照)。

そうすると、個人事業主が事業を行うために必要な物品を購入するなどの契約を締結する場合、「事業として又は事業のために」契約をすると認められますので、個人事業主は「消費者」には該当せず、消費者契約法によるクーリング・オフに基づいて契約の取り消しを行うことはできないことになります。

しかし、個人事業主が締結する契約がすべて「事業のため」に行うわけではありません。事業と関係なく食品を購入したり、契約を締結したりすることはあるわけです。

そのような場合には、主体が個人事業主であっても、「事業として又は事業のために」契約を締結するわけではありませんので、消費者契約法に基づくクーリング・オフにより取り消しをすることができることになります。

3 事例の検討

以上、クーリング・オフについて概観しました。ここで、上記の事例について検討します。

個人事業主と取引をしている以上、原則として「消費者」に該当しないため、クーリング・オフは適用されません。そのため、基本的には取消の要求に応じる必要はないと考えられます。

しかし、上述の通り、個人事業主が事業とは関係なく当該契約を締結している場合(事業の実態がない、事業から離れた個人的な契約である等)には消費者としてクーリング・オフに基づく取り消しを主張することができる可能性があります。

事業者としては、取引の相手方が個人事業主として契約を締結すればクーリング・オフの適用を避けられることになりますが、過去、このような意図のもとに契約書に対する押印を個人事業主としての印章を用いて行わせたという事例において当該契約は公序良俗に違反する契約であり無効であると判断されたことがあります(東京地裁平成14年10月18日判決)。そのため、当然ですがこのような潜脱行為ととらえられることは行うべきではありません。

個人事業主との契約に際して、クーリング・オフを主張された場合には、

  1. 契約の相手方は「消費者」であるか
  2. 消費者である場合、クーリング・オフの要件となる誤認惹起等の行為が行われていたか
  3. ②を満たした場合、取消期間を経過していないか

を確認の上、対応を検討することになります。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。