職場のトイレの法律問題|職場環境配慮義務とLGBT対応

2020/06/23 09:14
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

お笑いタレント渡部建さんの不倫報道を介して、「多目的トイレ(多機能トイレ)」の存在が世間の注目を浴びています。多目的トイレはバリアフリー化の趣旨で設置されるもので、車椅子利用者や介護者・被介護者、乳幼児連れなどの利用を想定しています。また、近年では性的マイノリティの当事者も利用しやすいように「だれでもトイレ(みんなのトイレ、オールジェンダートイレ)」として設置されることも多くなっています。

渡部さんに関する報道の真偽は不明ですし、そもそもこの種の報道自体の是非が大いに問われるところですが、一般論として言えば、トイレ設置の目的から外れた利用の仕方は施設管理権の侵害にあたり、建造物侵入罪に問われる余地があります。

とは言え、トイレ内で男女が同意のもとに性行為に及んでいたというだけでは刑事事件になる可能性は低いでしょう。しかし、問題が盗撮や覗きといった犯罪行為となれば話は別です。

オフィス内のトイレについてもその種の問題が生じることがあり、会社が問題を放置すれば損害賠償責任を問われる可能性があります。トイレの設置と利用について会社には配慮義務が課されており、近年ではLGBT対応のためのトイレ管理が課題として浮上しています。今回は職場のトイレに関する法律問題について具体例をもとに概観してみることにしましょう。

トイレ施設の管理と配慮義務

ここでは職場のトイレで起きた覗き(盗撮)にまつわる訴訟事例を紹介し、会社にとってのトイレ管理の問題を整理します。

女子トイレ覗き(盗撮)事件で会社が損害賠償責任を負った事例

女子トイレ内で覗き見(または盗撮)の被害に遭い結果的に退職にいたった女性の訴えに基づき、会社の職場環境配慮義務違反が認められ、慰謝料として320万円の支払いが命じられた事例です(仙台セクハラ[自動車販売会社]事件・仙台地裁2001年3月26日判決)。

原告女性は女子トイレ内の掃除用具置場に男性従業員(A)が侵入していたのを発見。トイレの構造的欠陥(掃除用具置場から個室トイレ内を見通せる状態)やAとの電話内容(Aが覗き見と盗撮目的で侵入し、写真を雑誌社に送ろうとしていたことなど)を上司に伝えて対応を求めたものの、会社側は警察などに口外しないことを原告に求めたうえに迅速適切な対応を怠り、それに対する不満から原告と会社の関係が悪化。会社からの退職勧奨に応じて原告は辞職しました。

原告はトイレの欠陥を放置したことを整備義務違反として訴えていましたが、裁判所は事実聴取・被害回復・再発防止を怠ったこと(配慮義務違反)のほうを取り上げ、それが精神的苦痛の原因および退職にいたるきっかけになったと認定しました。

女子トイレへの侵入は建造物侵入罪に該当

建造物侵入罪(住居侵入罪、刑法第130条)は他人の住居や他人が管理している建造物(またはそれらの一部)に正当な理由なく侵入することで成立します。「侵入」とは建造物の管理者の意思に反して立ち入ることを指します。

社内のトイレでの覗き・盗撮などが管理者の意思に反しているのは一般的に明白で、職場環境を安全・快適に保つという配慮義務との兼ね合いからも、トイレへの侵入は会社の管理権の侵害にあたり、社内的にも懲戒処分に値する行為と言えます。

トイレに関する職場環境整備・配慮義務

会社は労働者の安全や心身の健康に配慮し、職場環境を快適に保つ義務があります(労働契約法第5条、労働安全衛生法第3条、民法の信義則)。トイレの設置・整備や使用方法への配慮、問題が生じた場合の対処もその義務に含まれ、省令(労働安全衛生規則第628条など)では、トイレを男女別に設置することや従業員数に応じたトイレ設置数などの基準が規定されています。

トイレ使用がままならない環境で就労するのは大きな困難や苦痛を伴います。トランスジェンダー当事者はまさにその問題に直面しており、過度の我慢がもとで膀胱炎などの障害を発症する当事者の割合が顕著に高いことが知られています。

トランスジェンダー対応のためのトイレ環境整備

undefined

LGBT当事者の権利を保障するための法整備は十分に進んでおらず、差別・偏見も根強く残っているのが現状です。とくにトランスジェンダー当事者は生活の幅広い側面で困難に直面しています。企業にとってトランスジェンダーをめぐる法的課題は広範にわたりますが、ここではトイレ環境整備の側面をかいつまんで紹介します。

トランスジェンダーとは

LGB(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル)が性的指向(恋愛やセックスの相手との性別関係)を指すものであるのに対し、T(トランスジェンダー)は自分自身の性別(性自認)をめぐる概念です。

トランスジェンダーとは、身体的特徴(例えば生殖器)が示す性別や社会的に割り当てられた性別(例えば戸籍上の性別)とは別の性に自分が属しているという意識を持つことです(そうした意識を持つ人のことも指します)。わかりやすく言えば、心の性と体の性が一致しないのがトランスジェンダーで、これは生得的なものだと考えられています。

トランスジェンダー当事者はそれ以外の人々と同様に一人ひとり異なった事情と環境のもとで暮らし、周囲との関係性のなかで迷いや恐れをいだきながら、自認する性への移行(ホルモン療法や性別適合手術)、カミングアウト(自分がトランスジェンダーであることの表明)という難題に直面します。

次節で経済産業省に勤務するトランスジェンダー女性(戸籍上は男性)の訴訟事例を取り上げ、事態の複雑さの一端を紹介します。

トランスジェンダー女性(経産省職員)の訴訟事例

原告女性は男性として経産省に入省し、1998年に性同一性障害の診断を受け、職場との話し合いを重ねた結果2010年から女性職員として勤務しています。2011年には戸籍上の名前を女性名に変更。健康上の理由から性別適合手術は受けていません。

経産省側は原告の女子トイレ使用に抵抗を感じる女性職員がいるとして、勤務場所から2フロア以上離れたトイレを使うよう要求しており、原告はこれを不服として訴訟を起こしました。

東京地裁は、現状では自認する性別のトイレを利用することが画一的に認められているとは言いがたいとしつつも、原告は外見などから女性として認められる度合いが高く、男子トイレを利用するほうがかえってトラブル発生のもとになることなどを重視して、上記トイレ使用ルールを違法とし国に132万円の損害賠償を命じました。

誰にでも使いやすいトイレを整備するために

上の事例では原告の女子トイレ使用に対し女性職員2人から抵抗感を表明する声が上がっていたという背景があります。トイレの問題ではこうした一般女性の人格的利益も大きく絡んでくるという難しさがあり、職場のトイレについては普段顔を見合わせる者どうしが共同で利用することから問題がいっそう微妙なものになります。

そのため、現状においては男女共用の個室トイレや多目的トイレを設置することが比較的導入しやすい施策と考えられ、多くの企業で実際に導入が進められています。しかし共用個室をメイン設備とすることは(実際上も現行法規上も)難しいため、共用個室が「特別なトイレ」として悪く目立ってしまうきらいもあります。

LGBT対応に関する啓発イベントや経営層によるLGBT支援宣言、差別禁止の明文化などの施策を行うとともに、トランスジェンダー当事者一人ひとりの要望に耳を傾けながら、個々の現場に応じたトイレ整備を試みていくことが望まれます。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。