コロナ禍で家賃減額請求をする際の法的留意点|不可抗力条項・民法・緊急事態宣言

2020/06/30 13:59
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

新型コロナウィルスの拡大により、幅広い業種・地域で店舗休業やオフィス閉鎖が行われる事態が生じています。2020年6月末現在では緊急事態宣言がすべて解除され、ある程度は旧に復しましたが、「ウィズコロナ」状況は依然として続いており、感染拡大の新たな波(第二派)の発生も懸念されます。

資金繰りの困難が多面的に生じているなか、賃貸店舗・オフィスのテナントとしては閉鎖中の賃料負担を削減したいと考えるのは当然です。一方、貸主としては減賃による減収とテナント逸失を天秤にかけることになります。国としては賃貸事業者に対し家賃減免・支払猶予交渉への協力を要請し、減免・猶予に応じた場合の納税優遇措置などを取り決め、テナント側には家賃支援給付金の支給を決定しています。

個々の事情によりさまざまな交渉・対応が行われることになるかと思います。このページでは家賃減額請求の基礎となる法的根拠を整理してお伝えします。

コロナ禍で家賃減額請求をするための法的根拠

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法的根拠としては契約書の不可抗力条項、民法第536条・第611条、借地借家法第32条が考えられます。不可抗力条項があればまずそれが参照され、なければ民法などに基づいて交渉ないし法的手続きを行うことになります。

なお、2020年4月1日から改正民法が施行されており、それより前に合意された契約については旧民法、それ以後に合意された契約(や契約更新)については改正民法の規定が適用されます。今回取り上げるテーマに関しては基本的に新旧民法で違いはないと考えられるため、条文の比較が必要が場面以外ではいずれも「民法」と呼ぶことにします。

契約書の不可抗力免責条項

賃貸契約書には不可抗力による免責の条項が設けられていることがあります。不可抗力とは契約当事者には予め防ぎようがなく抗いようもない事態を指し、典型的には天災や戦争・テロなどが該当します。

コロナ禍が不可抗力となり、それが原因で店舗・オフィス閉鎖を余儀なくされたとすれば、不可抗力条項により家賃(の少なくとも一部)の支払が免除されると考えられます。ただし、コロナ禍が不可抗力にあたるかどうか、閉鎖の原因と言えるかどうかなどをめぐって当事者間に齟齬が生じる恐れは多分にあります。

民法第536条

民法第536条第1項では、双務契約(当事者が互いに義務を負う契約)のリスク負担を規定しています。「当事者双方の責めに帰することができない理由」で一方の当事者が義務を履行することができなくなった場合、他方の当事者は自らの義務を拒むことができます。

賃貸契約の場合、借主は賃料を払う義務を負い、貸主は利用可能な物件を提供する義務を負います。コロナ禍が原因で物件が使用不可能になれば後者の義務が履行できなくなるため、賃料を払う義務も免除されると考えられます。ただし、契約書の不可抗力条項と同様に原因をめぐり争いが起こる可能性があります。

民法第611条

改正前の民法第611条によれば、物件(の一部)が滅失した(=破壊されて失われた)場合、借主に落ち度がなければ滅失の程度に応じて賃料の減額を請求できます。不可抗力による滅失が典型例の一つです。

改正民法の同条では、「滅失その他の理由により利用することができなくなった」というふうに変更されていますが、これは改正前民法下の判例などを取り入れたもので、建物が物理的に失われた場合だけでなく(第三者の行為や近隣の災害によって)機能的な問題を生じ「(一部が)使えなくなった」場合も条件に含めています。

コロナ禍と同様の事態についての判例はまだ存在しないため確定的なことは言えませんが、コロナ禍が原因で建物が使えなくなった場合には第611条が適用される可能性があると言えるでしょう。

借地借家法第32条

借地借家法第32条では、税金などの負担の増減、土地価格などの経済事情の変動、近隣の家賃相場の変化などに照らして現行家賃が不相当な額になった場合に、貸主・借主が家賃の増減を相手に請求できるとしています。

これは臨時休業などに適用できるものではありませんが、コロナ禍が長引き上記の変化が生じた場合には家賃減額請求ができることを示していると言えます。

コロナ禍の影響をどう評価するか?|条項・条文の適用をめぐって

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実際にコロナ禍を理由にして家賃減額の請求や交渉を行う場合、上記条項・条文が適用されうるかどうかについて当事者間で争いが生じたり、司法判断が求められたりする場合が出てくるでしょう。その際には以下のようなことが争点になると考えられます。

コロナ禍が不可抗力・原因に当たるか

不可抗力条項にあらゆる不可抗力を定義しておくことは不可能であるため、「天変地異、戦争、……などの不可抗力」といった表現が使われます。ここに「疫病」が明記されていれば新型コロナウィルス拡大はちょうど当てはまると思われますが、そうでなければ「など」の解釈をめぐって当事者間で争うことになる可能性は否定できません。

また、新型コロナウィルスの拡大が概念としては不可抗力に当たるとしても、実際に休業・閉鎖の原因になったと言えるかどうかが争われる場合があるでしょう。

新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)第45条第2項に基づき新型コロナウィルスの拡大に対する緊急事態宣言が発布され、それにより店舗・施設が休止要請(または指示)の対象となり、実際に休止に応じた場合には、コロナ禍が原因であることは明白と言えるでしょう。一方、営業形態の制限(例:営業時間短縮)が要請され、制限下で営業するよりも休業のほうがまだしも有利だと判断して休業に至った場合には、借主の自己判断が要因に入ってきます。

さらに、「要請」ではなく「協力の要請」にとどまれば(少なくとも形式的には)事業者の自己判断の要素が大きくなります。協力要請には特措法の緊急事態宣言によるもの(特措法第45条第1項)、緊急事態宣言外のもの(同法第24条第9項、例:東京都の「ロードマップ」)、特措法によらない自粛要請があり、この順に法的拘束力は弱くなると考えられます。

コロナ禍が物件の利用可能性にどれほど影響したか

緊急事態宣言による休止要請で休業・閉鎖した場合は、物件の利用可能性が完全に失われたと判断される可能性が高いでしょう。

しかし営業制限要請にとどまる場合には事情が微妙になります。例えば営業時間の制限が要請された場合、利用可能性が一部損なわれたと見ることができるかもしれませんが、どの程度損なわれたかは短縮前後の時間数の比だけでは判断できないと思われます。

営業制限要請を受けて休業を選んだ場合や、コロナ禍による自粛・売上減少により経営判断として休業を決定した場合など、微妙なケースはさまざまに考えられます。民事訴訟などにおいては、事業の内容、消費者や取引先との関係、立地、営業形態転換(例:夜間営業から昼間営業へ、イートインからテイクアウト・宅配へ)の容易さといった事項が個々の状況のもとで総合的に検討されることになるでしょう。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。