

A: 従業員の給与に対する差し押さえの通知が届いたのですが、何が起こっているのでしょうか?また、どのように対応すればいいのでしょうか?
Q: おそらく、従業員が何らかの法的手続きにおいて債務を負うことが認定され、その債務についての保全・執行手続きが進行しているものであると考えられます。
裁判所から従業員の給与に対する差押通知が届いた場合、会社は従業員に対して給与を支払ってはいけませんが、差し押さえをすることができる範囲には制限がありますので、その範囲外であれば給与の支払いを行うことができます。
1. 執行・保全とは?
執行・保全は、文字通り「執行」と「保全」という2つの要素を含むものですので、それぞれについて概観します。
執行とは、債権者(X)が債務者(Y)に対して有するもののYが弁済を行わない場合に、Yが他の第三者に対して有する債権等の財産をXが差し押さえて、当該差し押さえた財産を換価することによって自己の債権の実現を図る手続きをいいます。
それに対して保全とは、債権者(X)が、裁判所に申立てをし、裁判所が債務者(Y)に対して、債務者の持っている債権の取立て等の処分を禁止する命令を出すなどの手段によって第三債務者による弁済を禁止する等の手続きをいいます。つまりは、債権者が保有する権利関係を、強制的に実現・確定が可能になるまで暫定的に保護することを目的としています。通常、裁判等の法的手続きは時間がかかることが想定されるため、その間に債務者が自己の保有する財産を処分することで債権者が害されることを防ぐことにつながります。
用語として、執行や保全を求める者を「債権者」、債権者に対して債務を負っている者を「債務者」といい、債務者が債権を保有している相手を「第三債務者」といいます。
2. 差し押さえが可能な範囲
記の通り、保全と執行は、債権者が自己の債権を実現する上で有効な手段であるといえます。しかし、債権者を保護するということは、その効果として債務者が負担を被ることを意味します(もちろん、債権債務関係がある以上、それが当然であるとも考えることもできるでしょう。)。
そこで、差押えが可能とされる範囲については権利の性質に応じて、法律において定められています。
例えば、民事執行法152条第1項は以下のように定めています。
民事執行法第152条第1項
次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
同条はいうなれば、債務の生活の基礎になるような債権等に対する債権執行を無制限に許容することになると、債務者にとって生活を維持することが困難になる恐れがあるため、そのような不利益を債務者が被ることを防ぐことが目的になっているといえます。
上記の条項について少し詳細に確認すると、債権の性質として「債務者が…維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権」と、「給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与」等の債権が規定されています。これらはまさに債務者の生活の基礎となる資金を取得するためのものであると考えられるためです。
そして、これらの債権については、給付の4分の3に相当する部分については差し押さえることはできないことになります。
なお、給与の差押えについては、継続的給付の差押えに該当するとして「給料その他継続的給付に係る債権に対する差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、差押えの後に受けるべき給付に及ぶ」旨が民事執行法において規定(第151条1項)されておりますので、一回限りではなく、将来の給付予定の給与の該当額については継続的に差押えの効力が及ぶことになります。
他方で、当然ではありますが、当該従業員が退職した場合には、貴社は従業員に対して給与の支払い債務を負わないことになります。そのため、給与債務を支払わなくなった時には上記の継続的差押えからは解放されることになります。

3. 本件における対応
上述の通り、裁判所から差押えの通知が届いたということは、債権者が債務者(貴社従業員)に対して債権を有することを認めたものであると考えられます。そのため、貴社は債務者(従業員)に対して一定の範囲の給与を支払ってはいけないということになります。
具体的には、当該従業員が取得する予定の手取り額のうちの4分の1については従業員に対して支払うことはできません。他方で、残りの4分の3については差押えがされていない範囲ということになりますので従業員に対して支払うことは可能です。
4. (参考)債権者の有する債権が養育費、婚姻費用分担等に関するものである場合
ここまでは、債権者が有する債権が通常の金銭債権等であることを前提として差押えの範囲等についての説明を加えてきました。
他方で、債権者の有する債権が、養育費や婚姻費用の分担等に関するものである場合については、差し押さえの範囲が異なりますので注意が必要です。
具体的には、
①夫婦間の協力及び扶助の義務、②婚姻から生ずる費用の分担の義務、③監護に関する義務、④扶養の義務、の確定期限の定めのある定期金債権に関する債権の場合には、差し押さえが可能な範囲が2分の1にまで拡張されることになります(民事執行法第152条第3項、151条の2第1項)。