従業員の交通事故と会社の刑事責任

2020/11/13 10:09
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q: 当社の従業員が勤務中に交通事故を起こした場合、会社が刑事責任を追及される可能性はあるのでしょうか。

また、例えば従業員の業務環境が不適切であり十分な睡眠等を取れていなかったための過労もあったようです。

A: 従業員が交通事故を起こした場合、勤め先である企業も刑事責任を問われる場合があります。

会社の責任と安全配慮義務

まず、雇用契約に関する民法623条の規定を確認してみましょう。民法623条「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」としています。つまり、労働契約においては、それぞれの対価は労務の提供(労働者側)と賃金の支払い(使用者側)という債権債務が発生するにすぎません。つまり、労働契約において生じる使用者の義務は賃金支払い義務に留まり、それ以外の義務を負うわけではありません。

しかし、労働関係よっては労働者が自らの身体を危険に晒すようなものも存在します。そのため、使用者の監督下で労働者を働かせる以上そのような危険から守る必要があると考える必要があります。

実際、最高裁も昭和50年2月25日判決において使用者は労働者に対して信義則上の義務として安全配慮義務を負うものと判断しており(なお、当該事案は自衛隊と国の関係について言及したものである旨付言します。)、この判決以降、雇用関係は単に給与を支払い、労働力の提供を受けるという関係から、付随的に安全配慮義務を負うものとの理解がされるようになりました。

そして、現在においては労働契約法第5条において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」と定められており、安全配慮義務が法律上使用者の義務として規定されるに至っています。

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過労運転下命罪

過労運転に関する条文を確認してみましょう。まず、道路交通法(以下「法」といいます。)65条は「何人も、前条第一項に規定する場合のほか、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない。」と定め、過労により正常な運転ができないおそれがある状態での運転を禁止しています。これは、自動車を運転するものに対して課される義務ということになります。

そして、使用者の責任に関連して、法第75条1項4号を確認してみましょう。75条1項は自動車を運転する者の使用者に対する義務を規定する条文です。75条1項柱書は、「自動車…の使用者(安全運転管理者等その他自動車の運行を直接管理する地位にある者を含む。次項において「使用者等」という。)は、その者の業務に関し、自動車の運転者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることを命じ、又は自動車の運転者がこれらの行為をすることを容認してはならない。」としています。そして、本稿に関連して同項1号は「第六十六条の規定に違反して自動車を運転すること」と規定しています。

75条1項4号及び66条によって、使用者が運転する者が過労により正常な運転ができないおそれがある状態で運転することを命じたり、運転することを容認してしまった場合は同条に違反することになります。

違反が認められた場合、3年以下の懲役か50万円以下の罰金の刑事罰が課されることになります(法117条の2第10号)。

そもそも、刑事責任は違反した者に対して課されるのが原則です。しかし、上記の通り使用者が労働者に対する安全配慮義務を負っていると考えられており、その趣旨が反映されたものであると考えられます。

過労運転

それでは、同条によって規制される「過労運転」が何を指すのかを検討します。

過労運転がいう状態はどのような状態をいうのか、は厚生労働省のホームページにある「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)について中の「トラック運転者の労働時間等の改善基準のポイント」

(URL: https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/040330-10.pdf )

が参考になりますので紹介します。

同基準は、

  • 拘束時間・休息期間
  • 運転時間の限度
  • 時間外労働及び休日労働の限度

などの項目を設けて解説をしています。例えば具体的に、

  • 1カ月の拘束時間の上限は原則として293時間であること
  • 1日の拘束時間の上限は原則として13時間以内であること
  • 1日の運転時間は2日平均で9時間以内であること(なお2日とは始業時刻から48時間のこと)
  • 連続して運転する時間は4時間以内であること

などを基準として示しています。その他にも細かな基準や計算の方法などが記載されています。細かな基準であり、かつ厳しい基準であると評価することができるものですので、これらを遵守せずに労働者に運転を指示したり、運転することを容認した場合には上記の通り過労運転下命罪が課される可能性がありますので十分に基準を理解した上で運転をさせる必要があります。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。