労働時間の概念と労働時間に含まれる範囲

2021/03/02 06:08
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q: 当社では、従業員の待機時間や仮眠時間を設けているのですが、そのような時間も労働時間に含まれるのでしょうか。

また、含まれる場合にはどのような条件を満たした場合に労働時間に含まれるのか教えてください。

A: そもそも労働時間は労働基準法において「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定められています(同法32条)。

この「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」の範囲が問題になりますが、最高裁の判例(後述)においては、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれていると、客観的に評価できる時間」をいうとされています。ここで重要なのは、あくまでも客観的に評価できるかが問題であり、主観的に決定されるものではないということです。

そのため、待機時間であれば、顧客等の来店等の労働を使用者に義務付けられていると評価することができる場合、仮眠時間であれば仮眠室への滞在と一定の場合の対応が義務付けられているなどの場合には、指揮命令下に置かれていると、客観的に評価されると考えられるため、労働時間に含まれると考えられます。

1. 労働時間とは

そもそも労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいうと労働基準法(以下「法」といいます。)において規定されています(同法32条)。労働時間の範囲を明確にすることは、労働者をどれだけ労働させることができるか、を確定する上で非常に重要な意味を持っています。

すなわち、法においては労働者を労働させることができる限度の時間として1日あたり8時間、かつ1週間あたり40時間(法32条2項、1項)が定められています。この例外として36条における労使間協定(いわゆる36協定)を締結した場合がありますが、36協定を結んでいない限り、法定労働時間を超えて労働者を労働させることはできません。

また、法定労働時間を超えて労働させた場合、休日に労働をさせた場合には割増賃金が発生するなど、労働時間の範囲によって労使間での賃金等に関する事項についても労働時間を基準として規律が行われることになります。

労働時間の概念は非常に重要な概念です。しかし、日本においては労働時間の管理等が長年厳格にされておらず、長時間労働等の問題が生じていました。そこで、労働基準局長から「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000149439.pdf 以下「本通達」といいます。)という通達が出されています。 

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2. 労働時間該当性の検討

(1) 労働時間該当性判断の基礎

上記の通り、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」です。そして判例(最高裁平成12年3月9日判決)上、労働時間に該当するかは、「労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」とされています。

すなわち、判例は労働時間該当性の判断を客観的な事情を考慮して行うとしており、主観的な事情(例えば労働契約や就業規則等)によって決まるものではないとしています。これは、主観的な要素により労働時間該当性を判断する場合、労働契約等によって恣意的に労働時間を確定することが可能になってしまい、実態を適切に把握できない可能性があるからであると考えられます。

(2) 労働時間該当性の個別の検討

労働時間該当性について、本通達において上記の内容を含めて、労働時間該当性について一定の例示がされていますのでご紹介します。

「労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。ただし、これら以外の時間についても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については労働時間として取り扱うこと。

なお、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであること。また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであること。 

ア 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間 

イ 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」) 

ウ 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間」

このように、具体的にどのような行為が労働時間に含まれるのかについての例示をしており、本件の事例においては告示の中の「イ…労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間」に該当すれば労働時間に該当することになります。

上記の基準に関連し、いくつか事例を確認してみましょう。

まず、アに関連して、作業を行うために作業服や保護具等の着用が義務付けられており、着用を事業所で行うとされていた事例において、従業員は使用者の指揮命令下に置かれたものと評価でき、かかる行為に要した時間は労働基準法上の労働時間に該当すると判断した事例があります(最高裁平成12年3月9日)。

次に、イに関連して、業務上仮眠をすることが許容されている職業である場合、当該仮眠は業務の一環として行われている(いざという場合にはすぐに業務につく必要がある。)と考えることができます。

そのような点を踏まえて、労働者が実作業に従事していない仮眠時間であっても、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働時間に該当すると判断されています(最高裁平成14年2月28日)。他方で、同判例は(ビル管理会社の従業員が)待機や警報、電話に対して直ちに対応することを義務付けており、そのような対応をすることが皆無に等しいと言えるような事情も存しない、と判断しており、仮眠を行う場合であってもこのような待機義務や警報・電話への応答義務が実質的に皆無であると評価できるような事情があると認められる場合には、労働時間には該当しないと考える余地がある旨も合わせて示しています。

また、こちらもイに関連して、顧客がいない場合には適宜休憩することが許容されているものの、顧客が来店した場合には即時に対応を行う必要があるという場合に、当該休憩の時間について、手待時間であるとして労働時間に該当すると判断した地裁判例があります(大阪地裁昭和56年3月24日)。

3. まとめ

ここまで確認してきた通り、事例における待機時間や仮眠時間が労働時間に該当するかの判断は個別の事情を考慮しつつ、労働者が使用者の指揮命令下に置かれているかを客観的に判断する方法にて行うことになります。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。