テレワーク導入のための法務|就業規則を変更する際のポイントは?

2020/06/11 06:19
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、テレワークの導入はビジネスの重要課題として改めて脚光を浴びることになりました。しかし、テレワーク導入は制度作りなどの面で複雑な課題をはらんでおり、必要となる作業の全体像が見えにくいこともあって、中小企業にとっては導入のハードルが高いのが実情です。そこで、この記事ではテレワーク導入の課題を企業法務の側面から概観してみたいと思います。

テレワークとは?

undefined

テレワークの「テレ」は「離れた・遠隔の」を意味します。テレワークでは会社のオフィスから「離れた」場所で、従業員どうしが「離ればなれ」になって仕事を行います。それと同時に、離れた場所・人の間をITによって「つなぐ」ことも必須の要素です。「離れながらもつながっている」働き方こそがテレワークだと言えます。

テレワークは多様な働き方・雇用形態を可能にし、従業員満足度向上、人材戦略の柔軟化、移動に掛かる時間・経費の削減、危機に強い組織作りなどのメリットが期待できます。一方で、労務管理やITシステムの導入、セキュリティ対策などの面で難しい課題を抱えているのも事実です。法務においてもこれらすべてが何らかの形で問題となります。

テレワーク導入で必要になる法務の概要

undefined

テレワーク導入ではITシステムベンダーなどの外部との取引も必要になりますが、テレワーク特有の法務といえば労務関係の問題が中心です。

テレワークも労働法で規定される労働であることには変わりがなく、労働基準法などに則って管理することになります。その上で、テレワークならではの課題にも細かく対応することが求められます。

テレワーク導入のフェーズにおける法務の課題は、労働契約・就業規則の変更(およびルールの周知徹底)に集約されると言ってもよいでしょう。

労働契約・就業規則の変更

通例、テレワークの導入には就業場所を初めとする労働条件の変更が伴います。労働条件は労働契約や就業規則、労働協約によって定められているため、これらの一部を変更する必要が出てきます。

契約の一般原則からすれば、労働条件についての合意は使用者と従業員各人の間で個別になされるべきものです(労働契約法第6条)。ただし、合理的な労働条件を定めた就業規則が存在し、従業員の間に周知されている場合には、就業規則に定められた労働条件が優先されます(同法同7条)。さらに、労働協約が存在すれば就業規則よりも優先されます(同法第13条)。

就業規則を設けている企業(とくに、常時10人以上を雇用し就業規則の作成・届出が義務づけられている企業)では、労働条件の取り決めを就業規則に集約している場合が多いかと思います(「給与規程」などの各種規程も就業規則の一部と見なされます)。その場合、労働協約との調整を図りながら就業規則の変更を行う(または「テレワーク勤務規程」を作成する)ことがテレワークに関する法務の中心的な課題となります。

就業規則変更の手続きと制約

就業規則を作成・変更する際には、従業員の過半数で組織される労働組合か従業員の過半数を代表する者の意見を聴き、それを書面にして添付した上で変更内容を行政官庁に届け出ることが義務づけられています(労働基準法第89条・第90条)。

さらに、変更後の労働条件が従業員にとって不利益となる内容を含むかどうかに応じて異なった対応が求められる事柄があります。

原則として、変更後の就業規則が従業員にとって不利益となる内容を含む場合には従業員との合意が必要です(労働契約法第9条)。ただし、その不利益の程度、その他の事項の内容、労働条件変更の必要性、労働組合との交渉状況といった諸々の事情を総合的に斟酌し、変更が合理的なものと判断できる場合には、就業規則変更の周知によって労働条件の変更を行うことも許されています(同法第10条)。

就業規則などに明記すべき項目

就業規則に記載(労働契約締結の際に明示)しなければならない事項が法律で定められています。以下に当該事項を列挙し、テレワーク導入に関わる重要な事項については後ほど個別に解説します。

労働契約締結にあたり従業員への明示が必要な事項

労働契約締結に際しては、次の項目を労働条件通知書などの書面または口頭で明示した上で、従業員の合意を得る必要があります(労働基準法第15条および労働基準法施行規則第5条)。詳細については条文でご確認下さい。

【書面での明示が必要な事項】

契約期間、就業場所、業務内容、労働時間・休憩・休暇など、賃金、退職

【書面または口頭による明示が必要な事項】

昇給、退職手当、臨時の賃金など、最低賃金額、費用負担、安全・衛生、職業訓練、災害補償・業務外傷病の扶助、表彰・制裁、休職

就業規則に記載が必要な事項

就業規則には次の「絶対的必要記載事項」を記載しなければなりません。さらに、次の「相対的必要記載事項」に該当する事項を制度として採用する場合には、それらの事項も盛り込む必要があります(労働基準法第89条)。詳細については条文でご確認下さい。

【絶対的必要記載事項】

労働時間・休暇・休憩など、賃金、昇給、退職

【相対的必要記載事項】

退職手当、臨時の賃金など、最低賃金額、費用負担、安全・衛生、職業訓練、災害補償・業務外傷病の扶助、表彰・制裁、従業員全員に適用するその他の事項

上記以外で盛り込むべき事項

法律で定められた事項に限らず、労働環境を整え就業を円滑化する上で役立つ各種の取り決めを実態に即して盛り込んでおくことが有用です。労使間のトラブルを予防する効果も期待できます。

テレワークを円滑に導入するための法務上の重要ポイント

undefined

就業規則や労働条件通知書などに明記すべき事項をたどりながら、テレワーク導入で重要となるポイントを具体的にまとめてみます。

就業場所・業務内容

テレワークを初めて導入する際には新たな就業場所が発生します。業務内容についても新しい要素が加わることになる場合が多いでしょう。これらについて就業規則などに規定しておく必要があります。

テレワークは就業場所に応じて例えば次のように分類できます(国の定義による分類)。こうした分類をした上で、さらに「会社指定の場所に限る」といった条件をつけることも考えられます。

  1. 従業員の自宅やそれに準じる場所(親族の家など)での勤務
  2. 会社が用意したテレワーク用施設(サテライトオフィス)や、従業員自らの判断で利用する施設(コワーキングスペース・カフェなど)での勤務
  3. 交通機関による移動中や訪問先などでのモバイル勤務

参考:総務省「テレワークの意義・効果」

https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/telework/18028_01.html 

新型コロナのような感染症の拡大や大きな災害・事故が起きた場合に会社が従業員に対してテレワークを命じることができるようするためには、それに関する事項の記載が法的に要請されます。

労働時間

労働時間(始業・就業時刻、休憩時間など)に関する事項を通常勤務と異なったものにする場合、就業規則などでの規定が必要です。テレワークでは従業員が遠く離れて分散して業務を行うため、労働時間を適切に把握するための規定も吟味して、労務管理ツールなどを活用しながら実態に即して労働時間を管理していくことが求められます。

所定労働時間の変更と変形労働時間制

テレワークでは従業員の私生活上の都合に応じて労働時間を変動させたほうが業務を効率化できる場合も少なくないと考えられます。従業員の都合に応じて始業・終業・休憩の時間を変更できる旨の規定を設けておけば、所定勤務時間に「中抜け」をした代わりに就業時間を延長するといったことが可能になります。

さらに、フレックスタイム制の規定を導入すればより柔軟な体制を敷くことができます。フレックスタイム制の主なポイントは次の通りです(労働基準法第32条の3および労働基準法施行規則第12条の3)。

  • 対象従業員の範囲、単位となる精算期間(3か月以内)とその間の総労働時間、標準となる1日の労働時間を労使協定により定める。
  • コアタイム(必ず就業する時間帯)とフレキシブルタイム(従業員の選択により労働ができる時間帯)を設定する場合は労使協定により定める。
  • 1週あたりの労働時間が法定労働時間(40時間)を超えない範囲で、従業員自らが総労働時間を各日の労働時間に配分し、始業・就業時刻を決める。
  • 所定の総労働時間と実際の労働時間の合計を比べ、過不足に応じて賃金を精算する。
  • 実際の労働時間の合計と法定労働時間の総枠(40時間×精算期間日数÷7)を比べ、超過した分が時間外労働となる。
みなし労働時間制・裁量労働制

みなし労働時間制(事業場外労働のみなし労働時間制)とは、会社のオフィス以外で業務に従事し、労働時間の計算が困難な場合に、所定労働時間を実際の労働時間と見なす制度です(労働基準法第38条の2)。

テレワークでもそうした場合が多々生じることが想定されますが、みなし労働時間制を適用するためには使用者の指揮監督権に関して次の2つの条件をともに満たす必要があります(厚生労働省「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン 2・(2)・イ・(イ)」)。

  • 従業員が使用者からの指示を受けることが不可能な環境にあるか、可能ではあっても指示への待機・即応が要請されていない。
  • 使用者からの具体的指示(業務の目的・目標・期限などにいての概括的な指示以外の細かな指示)は受けずに、従業員自身の判断で業務を遂行している

参考:厚生労働省「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」

https://www.mhlw.go.jp/content/000545678.pdf 

専門業務・企画業務を対象にしたみなし労働時間制度(裁量時間制)についても指揮監督権などに関し同様のことが言えます。ただし、裁量時間制を導入するには労使協定が必要です(労働基準法第38条の3)。

時間外・休日・深夜労働

テレワークでは仕事と生活の境界が曖昧になりがちです。そのため、所定時間外や休日・深夜に従業員が独断で仕事を行ったり、長時間労働が常態化したりすることにより、想定外の経費増加や従業員の健康悪化が生じるリスクが比較的高いと言えます。

時間外・休日・深夜労働を事前許可制または原則禁止にしたり、業務メール送付や会社のシステムへのアクセスを制限したり、労務管理システムなどを通して長時間労働の傾向を早期に察知し適宜注意喚起を行うといった対策が考えられます。

なお、事前承認制のもとで事前承認なしに従業員が時間外労働などを行ったとしても、それだけでは残業代・割増賃金の支払いを拒否できるとは限りません。会社からの暗黙の圧力(業務量・期限への過大な要求など)や、会社が当該労働の存在に気づかざるを得ないような客観的な事実(成果物や報告メールなど)が存在した場合、実質的に承認があったと見なされる可能性があります(※)。

※)厚生労働省「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」p.16-17

https://www.mhlw.go.jp/content/000553510.pdf 

費用負担

テレワークでは、通信料、就業場所の光熱費(自宅などの場合)、施設利用料(コワーキングスペースなどの場合)といった新規の費用が発生したり、消耗品購入費や郵送料などを従業員が立て替える必要が生じたりします。こうした費用の負担や光熱費・施設利用料などの手当支給に関するルールについて、就業規則などで規定しておく必要があります。

安全衛生管理と労災保険

会社の外で就業するテレワーク従業員についても、安全衛生と健康に関して労働安全衛生法などに基づいた適切な管理を行うことが求められます。テレワークでは従業員がそれぞれの環境に分散して業務を行うため、従業員の作業環境や健康状態の管理方法を規定し直す必要が出てくるでしょう。

テレワークの業務中や外部の就業場所への移動中に生じた負傷・疾病などの災害は労災保険の補償対象となる可能性がある点にも注意が必要です。

セキュリティリスクと職業訓練

テレワークでは従業員が銘々に社内情報を社外に持ち出したり、外部からインターネットを介して社内ネットワークやクラウド上のシステムにアクセスしたりすることになるため、情報漏洩やサイバー攻撃への対策は重大な課題となります。

テレワーク対象従業員には、サイバーセキュリティや機器・デジタルツールの利用に関するリテラシーを十分に身につけることが要請されます。そのための職業訓練(研修・講習への参加など)を義務づける場合には就業規則などに規定を設ける必要があります。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。