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競業避止義務に違反した場合の退職金の没収について

2020/10/26 17:34
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q : 当社では就業規則に、当社を退職した従業員が競業他社に就職した場合には、当社が支払った退職金の返還をすることができる旨を定めており、別途その旨を退職時に従業員との間で合意しています。このような場合には従業員へ既払いの退職金の返還を求めることはできるのでしょうか。

A : 退職後の従業員に対して競業避止義務を課すことに合理性が認められる場合には退職金の返還を求めることができる可能性があります。他方で、退職金は給与の後払い的性質を有すると言われており、給与を求める権利を剥奪することになりますので、常に認められるということにはならないので注意が必要です。例えば、以下の区分に合わせて要件が定まると考えられます。

1 全額の返還を請求する場合
重大な背信性が認められること

2 一部の返還を請求する場合
合理的な範囲での返還請求にとどまること(退職金の減額が合理的な範囲であること)

退職後の競業避止義務の有効性

退職後の従業員に対する競業避止義務を課すことの有効性については過去の記事にて解説しておりますのでこちら(https://legal-online.net/columns/labor/competition-and-headhunting-by-employee)をご参照ください。詳細は当該記事に譲りますが、大要、従業員は退職後においては当然に競業避止義務を負うものではないが、契約等において退職後も競業避止義務を負 う旨の特約を締結しており、かつ当該特約が有効である場合には、当該従業員は競業避止義務を負うことになります。そして、特約が存在する場合であっても、競業を差止める必要性が認められなければ差止請求は認められないということになります。

なお退職後の競業避止義務に関する合意の有効性は、(i)使用者の正当な利益の保護を目的とすること、(ii)労働者の退職前の地位、(iii)競業が禁止される業務・期間・地域の範囲、(iv)使用者による代償措置の有無等の諸事情を考慮して、判断されることになると考えられます(この点についても過去の記事にて解説しておりますのでこちら(https://legal-online.net/columns/labor/competition-by-employee )をご参照ください。

本事例における、退職後の競業避止義務に関する合意についても、上記の(i)~(iv)のような事情を考慮の上有効であると判断できる場合には有効と判断されることになると考えられます。

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退職金返還請求の可否

退職金の性質

退職金の返還請求が可能かを検討する前に、退職金とはどのような性質を有するものなのか確認します。

近年においては雇用形態の変化により性質に変化が生じていることが指摘されていますが一般的には(i)賃金の後払い的性格と、(ii)在職中の功労に対する功労報償的性格を有するものとされてきました。

これらの性質から、退職金の返還請求には一定の制限があると考えられています。

退職金返還請求の根拠

そもそも、使用者と労働者との間の権利義務関係は①労働契約において定められている場合には労働契約で、②合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には就業規則にて定められることになります。そのため退職金の返還を請求するためには、これらのいずれかにおいて一定の場合に退職金の返還を求めることができる旨が規定されている必要があります。

上記の事例においては、労働契約の内容は明らかではありませんが、少なくとも就業規則においては協業他社へ就職した場合には退職金の返還をしなければならない旨が定められているとのことなので、退職金の返還請求を行うことは可能であると考えられます。

退職金返還請求の可能な範囲

上記の通り、労働契約や就業規則において退職金の返還請求権が規定されていれば、請求自体は可能であると考えられますが、当該請求の範囲に応じてその要件は変わります。

具体的には、当然ながら退職金全額の返還を求める場合には要件が厳しくなり、一部の返還を求める場合には緩やかな要件で認められると考えられます。

1 全額の返還を求める場合
当該従業員の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な背信行為があった場合に限られると考えられます。
というのも、上述の通り退職金は(i)(ii)の性質を有しますので、業務に従事していた期間の労務における成果を抹消する程度の重大な背信性を求める必要があると考えられるためです。
では、「重大な背信行為」はどのように判断されるのでしょうか。東京高裁平成25年12月11日は、労働者の行為の性質、態様、非違の程度およびその結果(被害の内容、程度、使用者の会社に及ぼす影響や損失の有無、社会的影響の有無、程度等)、その経緯や、当該労働者の行為の職務関連性の有無・程度等の事情を考慮し、支給しないことが社会通念上相当であると認められる場合が、重大な背信行為を認められる場合であるとしています。
すなわち、当該労働者を取り巻く状況と行為の態様を広範に考慮した上で、退職金を支給しないことが社会通念に照らして相当であるといえるかにより判断されることになります。
本件の事例においても、競業避止義務に違反した従業員について上記のような点を考慮して重大な背信行為が認められれば既払いの退職金全額の返還を請求することが可能です。

2 一部の返還を求める場合
次に、一部返還を求める場合についてですが、この場合については①と比べて要件が緩やかに解釈されています。というのも、退職金の一部の返還請求は言い換えれば(退職金の支払いを前提に)いくら支払うかの問題であり、その意味で企業(使用者)に一定の合理的な裁量が程度認められると考えられるからです(東京高裁平成15年12月11日)。そして、このような場合には、当該背信行為の内容と当該従業員の勤続の功などの個別事情に応じて一定割合を支給すべきであるとされています。

本件の事例においても、背信行為の内容に照らして、重大な背信行為とまではいえないものの、一定の配信性が認められ、かつその他の個別事情を考慮の上で会社側の合理的な裁量の範囲内であると認められれば、その範囲内で既払いの退職金の返還を請求することができると考えられます。

まとめ

上記で見てきたように、一定の場合には退職金を既に支払っていても、その返還を請求することが可能ということになります。

しかしその要件は厳しく、就業規則等に規定しているからといって必ずしも全額の返還請求が認められるわけではありません。

どの範囲での返還請求が認められるかは個別具体的な事情によって異なりますので、事例によった判断を行うことが重要になると考えます。

 

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライアンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。
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