従業員の自殺と会社の責任

2021/02/23 13:40
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q: 従業員が自殺してしまい、その原因は当社の労働環境によるうつ病であると主張されています。この場合の適切な対応と、考えられる会社・役員の責任を教えてください。

A: 過労自殺(これは労働災害(以下「労災」といいます。)に該当します。)といえるかが問題になります。会社としては、過労自殺かどうかを判断するための調査を一次的に行う必要があると考えられますが、その際には、①当該従業員が自殺の原因となるような精神病を発病していたのか、②発病していたとして、その原因が会社における労働環境であるといえるかを調査する必要があるでしょう。自殺の原因が違法な長時間労働であると認められる場合には、会社は(遺族等に対して)損害賠償責任等を負うことになりますし、取締役個人も労働者の労働時間の管理義務を怠ったとして損害賠償責任を負う可能性があります。

1.責任の所在

(1)会社の責任-安全配慮義務

会社と従業員は、雇用関係にあるといえますが、最高裁判所の判例(最高裁平成12年3月24日判決)は雇用関係を前提として、使用者は労働者に対する安全配慮義務を負っているものと考えを示しています。その内容は、「その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」とされています。

上記の通り「労働者の心身の健康」に対しても配慮することが義務の内容とされており、会社がそのような配慮を怠ったといえるような場合(一般的には長時間労働等の労働の影響で労働者が自殺したような場合には配慮を怠ったと評価されると考えられます。)には注意義務違反があったということになります。

そして、安全配慮義務違反が認められる場合には、会社は損害賠償義務を負うことになります。

(2)取締役の責任

会社の責任を離れて、取締役も一定の場合には損害賠償責任を負うことになります。まず、取締役の義務について説明します。取締役は労働者の労働時間を適切に管理する義務を負います。例えば、取締役が労働者の労働状況を直接管理することができるような規模の会社の場合には労働時間を管理する必要があり、会社の規模が大きいなどの理由により取締役が労働者の労働時間を直接管理することが難しい場合には労働時間管理体制の管理体制を構築する義務を負うことになります。

いずれにせよ取締役は、労働者の労働時間の管理についての責任を負っています。

このような義務があるにもかかわらず、取締役としての義務を怠っていたと評価される場合には、取締役も責任を負う可能性があります。

2.過労自殺とは

ここまでは、抽象的にだれが責任を負うことになるのかを確認してきました。ここからは具体的にどのような場合に責任を負うことになるのか各論的な内容を確認していきます。ここからは基準になる通達と、事実認定の議論になります。

(1)精神障害を発症したと言えるのか?

過労自殺の労災認定の基準となる通達として「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平23.12.26基発1226第1号)が挙げられるところ、その中では業務起因性について「業務によりICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類。なお、最新版はICD-11であり、2022年に発効される予定となっています。)のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める」としています。では、F0-F4といわれる精神障害というのはどのようなものをいうのでしょうか。ICD-10(邦語版)においては以下のような記載となっています。

  • F0 症状性を含む器質性精神障害(F00-F09)
  • F1 精神作用物質使用による精神及び行動の障害(F10-F19)
  • F2 統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害(F20-F29)
  • F3 気分[感情]障害(F30-F39)
  • F4 神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害(F40-F48)

例えば、F3と呼ばれる類型にはうつ病が含まれています。

他方で、司法等の法律の専門家においてこのような精神障害の発病があったのかを判断することはできません。そのため、発病の有無については主治医の意見や診療録、ヒアリング等を行なった上で医学的見地から行われることになります。

(2)業務上の疾病と言えるのか?

労働者が実際に精神障害を発病していたとしても、その全てが会社が責任を負わなければならないものではありません。精神障害発症の原因は様々であり、会社とは無関係に発症した可能性もあるためです。会社が責任を負わなければならないのは、その発病が業務上の原因によるものでなければなりません。

精神障害の認定に関しては、以下の資料(以下「認定基準」といいます。)が厚生労働省より公開されています。

【精神障害の労災認定(厚生労働省)】

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120427.pdf 

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認定基準によると、業務上の疾病といえるのは、

(1)対象疾病を発病していること

(2)対象疾病の発病前おおむね6カ月の間に業務による強い心理的負荷が認められること

(3)業務以外の心理的負荷および個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと

の3つの要件を満たす場合とされています(認定基準から抜粋)。

(1)は上記にて検討しているため、本項では(2)(3)について検討します。

ア「強い心理的負荷」について

(2)については、まず認定基準別表1の「特別な出来事」があるか、それがない場合にも「具体的な出来事」に該当するものがあるか、またその心理的負荷はどの程度かを検討の上で、「強い心理的負荷」があったのかを判断します。

別表等から心理的負荷の程度が「強」とされる場合には要件(2)を満たすと判断されるところ、「特別な出来事」がある場合にはその時点で「強」と、「具体的な出来事」がある場合にはその程度に応じて総合考慮の上強度が判断されることになります。

イ業務以外の要因によるものではないこと

そして、(2)を満たした場合、最後に業務外の原因によるものではないかの判断が行われます。業務以外の心理的負荷の内容としては、例えば、自分の出来事として離婚や怪我、妊娠、自分以外の出来事として配偶者等の死亡や親子の不和、金銭関係、災害等の体験があげられています。これらの事情や精神障害の既往歴、アルコール依存状況等を考慮に入れて、業務以外の要因による発病であるかを検討することになります。

3.調査について

会社が責任を負うことになるかは上述のような事情を考慮の上で判断されることになります。そのため、必要な事情の調査・確認を行うことになります。その結果に応じては会社が責任を負うことになります。労働者の家族との対話を含めて適切に対応を行う必要があります。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。