従業員の降格と減給

2021/03/08 02:09
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q: 役付の従業員について、業務の関連で降格することを考えています。それに伴い、当然役職手当を含む給与の減額も考えているのですが、その場合の要件も教えてください。

A: 降格を①懲戒として行うのか、②人事権を根拠として行うのかを明確にする必要があります。

賃金の減額を伴う降格については従業員の生活の保障という観点から有効性は厳しく判断されることになります。そのため、十分に理由等を検討する必要があります。

1. 降格に関する理論構成

降格は一般的に現在ある役職を解き、より下位の役職または役付でない地位に変更することをいうと考えられます。会社が降格を行う根拠としては、

  • 懲戒としての降格
  • 人事権の行使としての降格

の2つが考えられます。それぞれ法的には別の根拠に基づくものですのでいずれの構成を取るのかは重要な要素になります。そして、単なる降格であれば、人事権の範囲内として会社側に広範な裁量が認められると考えられています(なお、賃金の減額を伴う場合には異なる要素がありますので後述します。)

(1) 懲戒としての降格

そもそも懲戒としての降格を行う場合については、従業員が就業規則の懲戒事由に抵触することが必要になります。そのため、前提として懲戒事由が就業規則において定められていることが必要になりますので、就業規則の確認が必要になります。

そして、懲戒処分が就業規則に定められ、それに該当するからといってどのような懲戒でも可能というわけではなく、客観的に合理性のある懲戒処分であり、かつ社会的に相当性を有することが必要になります。

客観的に合理性があるか、また社会的に相当性を有するかについては個別の事案において従業員が行なった行為の性質やその悪質性などを考慮して決定されることになりますが、簡単にいえば、過剰な処分は許容されないという意味であるといえます。

(2) 人事権の行使としての降格

そして、会社は社内における人事権を有しているため、人事権の行使として降格を行うことは可能です(昇格ができることからもそれは当然であると考えられるでしょう。)。

人事権の行使としての降格を行う場合に、就業規則の根拠を要するかについて裁判例は異なる見解を示すものはあるものの、確定的な解釈は現時点ではありません。しかし、権限の所在を示し、かつその要件を明確にするという観点から就業規則に規定しておくことが望ましいと考えられます。

就業規則に定めておくことにより、従業員からしても予測可能性がありますので、従業員の保護、説明の観点からも適切です。

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2. 賃金の減額

賃金は労働者に対する対価であり、その業務の内容等にしたがって金額が決定されていることが多いと考えられます。中でも役職のある従業員については、当該役職につくことにより生じる責任や職務などへの対価としていわゆる役職手当が付された賃金が支払われていることが多いでしょう。

そのため、降格を行う場合には、役職手当の部分を削る必要があったり、業務の内容の変更があるために賃金を減額(以下本項では「減給」といいます。)しなければ他の従業員との間に差が生じたり、社内の給与テーブルに比して過剰な賃金を支払い続けることになりかねません。そのため、会社としては降格を行う場合、当然減給をしようというインセンティブが働くことになります。

しかし、賃金は労働契約の核をなす部分であり、その減額の可否については厳しく判断されます。そしてその場合の要素としては、①減給が賃金制度において予定されているものであるか、②使用者の措置に権利濫用や公序良俗などの強行法規違反性がないかという2点が重要になると考えられています。

(1) 懲戒としての降格の場合

懲戒として降格を行う場合には懲戒権の濫用に該当しないことが必要になります。上述の通り、客観的な合理性と社会的な相当性があると認められた場合には有効であると判断されますが、これらの判断を行う上で降格に伴う減給は労働者が被る著しい不利益の一要素として考慮されることになります。上記の通り、社内の給与テーブルが定まっているなど降格に伴う減給が予定されていることは重要な要素ですが、その賃金の振れ幅等も懲戒権の濫用に該当しないかという観点から考慮される可能性がありますので留意を要します。

しかし、後述する基本給の減額の場合と異なり、役職手当のようなものを減額する場合にはその相当性は認められることが多いでしょう。

(2) 人事権の行使としての降格の場合

人事権の行使として降格を行う場合には、会社が有する人事権の行使としてその裁量の範囲内であることが必要になりますので、どの程度の裁量が認められるのか、そしてその裁量の範囲内であるといえるかが重要な要素になると考えられます。

この場合であっても、給与の減額は従業員に生じる著しい不利益の一つとして考慮されることになります。しかし、あくまでも役職手当の減額にとどまる場合には、相当性が認められやすいと考えられますが、そもそも降格自体の動機や目的、必要性、過去の運用、減額の程度、労働者の帰責性などを総合考慮して、賃金の減少を相当とする客観的合理性が考慮されて効力の判断が為されることになります。

(3) 権利濫用や公序良俗との関係

これは、降格自体またはそれに伴う減給処分を行うことが使用者による権利の濫用であると認められる場合や、その他の従業員に対する処分と著しく異なるなどの理由によって差別的な取り扱いがあるといえるような場合をいいます。

このような場合には、仮に給与制度上減給が想定されていると認められる場合であっても降格や減給が認められないことになります。

(4) (参考)基本給の減額

役職手当等ではなく、いわゆる基本給の減額を行う場合にはそもそもその給与は役職とは関係なく支払われているものであり、降格との関係が希薄であるといえます。このような基本給の減額が認められるためには、それを基礎付ける特段の根拠がない限り認められないと考えるべきでしょう。

また、2020年4月1日(中小企業は2021年4月1日)から、同一労働同一賃金の適用がありますのでその点についても留意が必要です。

3. 賃金減額に関する労働者の同意

減給を行う場合、従業員による自由な意思に基づく同意が必要であると考えられています。そもそも減給は労働契約の変更であると考えられますが、労働契約は労働者の明示または黙示の意思表示よって変更されることになります(労働契約法8条)。

そのため労働者の黙示の合意があれば減給をすることは可能であるようにも思われますが、使用者側が賃金引き下げに異議を述べずに賃金を受領していただけでは労働者の黙示の合意があったとはいえないとする下級審裁判例が多く労働者による同意の認定は慎重に行われていることがわかります。

これは、会社の雰囲気や上司や会社との関係を慮って指摘等を行いにくいであろうということが考慮されているものであると考えられます。

そのため減給については労働者から自由な意思に基づく同意を適切に取得しなければなりませんのでこの点も留意が必要です。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。