従業員による競業事業

2020/09/11 10:07
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q: 当社は顧客向けにとあるサービスを提供する事業を営んでいます。以前、当社を退職した従業員Aが、Yという会社で当社と同種の事業を営んでいるのですが、当社に在職していた際に取得した当社の顧客情報を使用して当該事業を営んでいることが判明しました。Aの業務を停止させることはできるのでしょうか。

A: 競業行為についての差し止めが認められる場合として以下の2つのパターンが挙げられます。

①在職時の契約等において、退職後の競業避止義務が定められており、当該条項が有効である場合

②不正競争防止法における「営業秘密」を不当に取得して利用して事業を行っている場合(上記事例においては顧客情報が「営業秘密」に該当する場合)

1.①従業員との合意に基づく競業避止義務について

退職した従業員の①特約に基づく競業避止義務とその場面で会社側が取ることが可能な措置については、こちらNo.65の記事にまとめておりま すのでご覧ください。

大要、従業員は退職後においては当然に競業避止義務を負うものではないが、契約等において退職後も競業避止義務を負う旨の特約を締結しており、かつ当該特約が有効である場合には、当該従業員は競業避止義務を負うことになります。そして、特約が存在する場合であっても、競業を差止める必要性が認められなければ差止請求は認められないということになります。

本記事においてはこのような一般論はNo.65の記事 に譲るものとし、具体的な裁判例においてどのような判断がされたのかを紹介します。

奈良地裁昭和45年10月23日

【事案の概要】

X―本事件の原告である企業。Yを元々雇用していた。

Y―本事件の被告である。Xの元従業員であり、Xの技術的秘密を知るべき地位にあった。

XとYとの間の雇用契約においては、大要両者間の契約が終了したのち2年間が経過するまでの間はXと競合する事業を営む企業に直接・間接を問わず関与しないことを内容とする合意がなされていたところ、Yは退職後Xと競合関係にあるA社の取締役に就任した。

【判旨】

この裁判例は、退職後の競業避止義務を定めた合意の有効性につき、「競業の制限が合理的範囲を超え、債務者らの職業選択の自由等を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は公序良俗に反し無効になることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利益(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する」としています。

【判旨の解説】

上記の通り当該判決は、①労働者の職業選択の自由等を不当に拘束し、生存を脅かす場合には当該合意は無効であるとしつつ、②合理的な範囲での競業避止義務を課す合意は、その際の考慮要素を列挙しつつ有効になりうる旨を判示しています。

また、最近の裁判例でも、東京高裁平成24年6月13日が「一般に、労働者には職業選択の自由が保障されている(憲法22条1項)ことから、使用者と労働者の間に、労働者の退職後の競業についてこれを避止すべき義務を定める合意があったとしても、使用者の正当な利益の保護を目的とすること、労働者の退職前の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、使用者による代償措置の有無等の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものである場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解される」と判示しています。

これらのことから、退職後の競業避止義務に関する合意の有効性は(i)使用者の正当な利益の保護を目的とすること、(ii)労働者の退職前の地位、(iii)競業が禁止される業務・期間・地域の範囲、(iv)使用者による代償措置の有無等の諸事情を考慮して、判断されることになると考えられます。

以上から、冒頭の事例においても①のような退職後の競業避止義務を規定した合意がなされており、かつその合意が上記の判断要素に照らして有効である場合であれば、当該合意に基づき差止請求をすることは可能であると考えられます。

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2.②不正競争防止法に基づく競業避止義務について

こちらの不正競争防止法に基づく競業避止義務の一般論についてもNo.65の記事で一 部触れておりますので、少し掘り下げた解説をします。

不正競争防止法に基づく差止請求と①で述べた差止請求との最大の差は、労働者との間で合意がない場合であっても請求することができるということです。

その要件としては、(a)元従業員が退職した会社の「営業秘密」を(b)「不正の手段により」取得し、使用していることが必要になります。

つまり、上記の事例における顧客情報が「秘密情報」に該当するのであれば不正競争防止法に基づく差し止め請求を行うことができる可能性があります。

では「営業秘密」とは何を指すのでしょうか。営業秘密は不正競争防止法において「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう」と定義されています(同法2条6項)。要素として、(i)秘密として管理されていること、(ii)事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること、(iii)公然と知られていないことの3つが要求されています。

つまり、会社内において秘密として取り扱うという方針が取られていても、秘密として管理されていない場合やその情報がすでに公然と知られている場合には秘密情報には該当しないことになりますし、また、(あまり現実的ではありませんが)当該情報が秘密として管理されていても、当該情報の有用性を認められない場合には秘密情報には該当しないことになります。

上記の事例について確認してみましょう。

顧客情報は、当該会社における営業の要であるということができる情報であり、その性質・内容からして事業活動に有用な営業上の情報であるといえるでしょうし、通常会社の顧客情報は社外において公然と知られているような性質を持つものではありません。

事例からは、当該顧客情報の管理の方法について言及されていませんが、情報の管理が厳格に徹底されていたというような事情があれば、顧客情報は秘密情報に該当すると考えられます。

そして、営業秘密に該当する場合には、当該情報を使用しての営業活動について不正競争に該当するとして不正競争防止法に基づく差止請求が認められる可能性があります。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。