従業員による競業と引抜行為

2020/09/10 10:00
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q: 当社はX県において、Aという商品を製造しています。当社の従業員である甲が当社と同じAという商品を製造する会社を設立することを計画し、しかも当社の優秀な社員をその新会社に入らないかと誘っていることが判明しました。

そもそも、①当社と同じ事業を営む会社を設立することは許されるのでしょうか、また②当社の社員を勧誘して引抜くことは認められるのでしょうか。

A:

① 従業員による競業について

従業員が同様の事業を営む会社を設立しようとすることは競業に該当するため、競業避止義務に違反する可能性があります。

競業避止義務違反については、(i)競業行為の差止請求(仮処分)、(ii)不正競争防止法違反行為の差止請求(仮処分)、(iii)損害賠償請求、(iv)退職金の没収などの手段を講じることが考えられます。

② 従業員による引抜行為について

従業員による引抜きについては、その態様が悪質である場合などを除き、原則として損害賠償請求などの措置を講じることはできません。

1. 従業員による競業

(1) 競業避止義務とは、使用者と競合する企業に就職したり、自ら使用者と競合する事業を開業したりしない義務のことをいうと考えられており、労働者が使用者に対して負う誠実義務の一つと考えられています。

そのため、労働者が使用者の企業に在職している間は、労働契約等の特別の定めがない場合であっても一般的に負う義務であるといわれます。逆に、労働者が退職した後には必ずしも負う義務ではなく、特別の定めがある場合に限り認められると解されています。

(2) そこで、競業避止義務を負わせる旨を契約に定めることが考えられますが、その条項が常に有効であるといえるのかが問題になるといえます。つまり、競業避止義務を課す条項は、労働者の権利である職業選択の自由を侵害することになる可能性があるからです。この点について裁判例では、反対利益として使用者の正当な利益の保護の必要性に鑑み、労働者の職業選択の自由を制限する程度が、競業制限の期間、場所的範囲、制限対象となっている職種の範囲、代償措置の有無等からみて必要かつ相当な限度のものであれば、競業避止規定も合理的であり有効であると言えるが、他方で、その限度を超えて労働者の職業選択の自由を過度に侵害するような規定は公序良俗に反し無効となると判示しています。

(3) そして、競業避止義務違反がある場合には (i)競業行為の差止請求(仮処分)、(ii)不正競争防止法違反行為の差止請求(仮処分)、(iii)損害賠償請求、(iv)退職金の没収などの責任を問うことができることになると考えられています。そもそも、このような法的な手段によらずに、私的な話し合いによって解決することができれば時間的・金銭的コストは低く、またわだかまりを生じさせないことが可能です。そのような解決ができない場合に、これら法的な手段を行使することになると考えられます。

以下、それぞれの対応について説明します。

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(i) 競業避止条項による競業行為の差止請求(仮処分)

まず考えられることは、競業行為の差し止め(競業に該当する事業を行うことを禁止すること)ですが、本(i)における特約に基づく差し止めと不正競争防止法に基づく差し止め(次項(ii))が考えられます。

まず特約に基づく差し止めについて検討しますが、退職後の競業避止、ひいては差し止めは(元)労働者の職業選択の自由に対する強度の制限になります。そこで、そもそも有効な競業避止条項が存在し、かつ、禁止される競業の範囲(競業禁止の期間や活動内容、土地等)が合理的であること、加えて競業を禁止する合理的な理由が存在するなど、その差し止めが認められるための条件は非常に厳しいものになると考えられます。

差し止めを認めた事例をいくつか列挙しますが、この場それぞれの事例等の紹介は控えます。

・ 奈良地裁昭和45年10月23日

・ 大阪地裁平成3年10月15日

(ii) 不正競争防止法違反行為の差止請求(仮処分)

(i)で言及した通り、差し止めを求める根拠として、不正競争防止法違反とする構成も考えられます。(i)との差は、競業避止に関する特約が存在しない場合でも、法律上の根拠を持って主張できるという点です。しかし、単に競業を行っている、ということだけでは主張することができないので注意が必要になります。

具体的には、(a)元従業員が退職した会社の「営業秘密」を(b)「不正の手段により」取得し、使用していることが必要になります(不正競争防止法2条1項4号、3条1項)。つまり、単に競業に該当する事業を行っているというだけでは足りず、元いた会社の営業秘密を不正に取得し事業に使用していることが必要とされています。

なお、「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」をいうとされています(不正競争防止法2条6項)。

この通り、差し止めが認められる要件は非常に厳しく、限定的であるといえますので、必ずしも実行的ではないというのが現実です。

(iii) 損害賠償請求

(i)に記載し際の通り、競業避止義務を定める条項はその内容が合理的である限り特約として有効になります。そして、その特約に違反する形で競業に該当する行為が行われ、かつ、元いた会社に損害を与えた場合には当該特約に基づいた損害賠償請求をすることができることになります。

元いた会社に損害を与えた場合とは、例えば元いた会社の従業員を大量に引抜くことにより事業を困難にしたり、顧客を奪うなどして営業成績を下げたというような場合が挙げられます。

ここでは、上記の特約に基づく損害賠償請求権として構成していますが、当然民法上の不法行為(民法709条)に基づく請求として構成することも可能ですので、状況に応じて柔軟に対応することが必要です。

(iv) 退職金の没収

最後に、当該従業員が退職する際に支払った退職金を没収するという方法をとることができないか検討します。この点、就業規則などの労働者との間の約束において、競業避止義務に違反した場合には退職金の支給を制限する旨の条項があり、かつ一定の要件を満たす場合には、退職金をすでに支払ってしまっている場合であっても、不当利得返還請求権の行使としてかかる退職金を回収することが可能です。

そして、一定の要件とは、退職金支給を制限するのが相当と考えられる、(元いた)会社に対する顕著な背信性があると認められことです。つまり、単に特約条項があるというだけでは、退職金の返還を求めることはできず、特約条項に加えて当該従業員が行なった行為の性質が悪質であることまで求められます。そして、その配信性の判断について裁判例(名古屋高裁平成2年8月31日)は(a) 不支給条項の必要性、(b) 退職に至る経緯、(c) 退職の目的及び(d) 会社の損害などの諸般の事情を総合的に考慮して判断するとしています。

そのため、退職金の没収を行うための要件も厳しいものになっています。

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2. 従業員による引抜行為

当然のことながら、各従業員は自らの仕事を選択する権利を有しますので、他の従業員が当該従業員の誘いに乗って転職することは認められる行為であり、それが直ちに違法とはなりません。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。