Q: 会社所有の自動車で従業員が事故を起こしてしまいました。その場合、自動車の修理代や損害賠償を請求することはできるのでしょうか。
A: 従業員に対して損害の補填を求めることは不可能ではありませんが、全損害額を従業員に負担させることは難しいと考えられます。
また、身元保証人がいる場合には、「身元保証二関スル法律」の要件を満たしているのかに留意する必要があります。
1. 会社に生じる損害
上記事例のような場合に会社に生じる損害としては、①自動車に関するもの(修理費、使用できないことによる機会損失等)や、②民法715条の使用者責任に基づき会社が負担した損害賠償等が考えられます。
それぞれ、法的な構成自体は異なり、①は会社から従業員に対する損害賠償請求、②は会社から従業員に対する求償権に基づく請求ということになります。
2. 従業員に対する請求の範囲
そもそも、従業員が起こした損害である以上、従業員が負担するのが自然であり、当然に会社が負担した金額を従業員に請求することができるように思われます。しかし、最高裁昭和51年7月8日判決は、従業員が業務上使用していた社有車で追突事故を起こしたもので、会社は使用者責任に基づいて相手方の自動車の修理費等及び、事故を起こした社有車の修理費等を支払ったため、会社が従業員に対ししてそれぞれ求償請求、損害賠償請求を求めたという事例において以下のような判断を下しました。
使用者の従業員に対する請求の範囲について、「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」。
すなわち、同事件においては、会社が従業員の行為によって損害を被った場合であっても、損害の全額を必ずしも従業員に対して請求することはできないとしています。あくまで請求が可能な範囲は、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」です。
このように、損害の全額を請求することができないと理由としては、会社は事業活動によって利益を得ている以上、事業活動から生じる損害についても負担すべきである(報償責任)ということが挙げられています。つまり、会社としては自己の事業活動に基づき利益を得る以上、リスク等を理解して必要な措置を講じて予防する責任や、リスクが実現してしまった場合に講ずるべき措置を準備しておくなどの責任があるものと考えられるからであろうと思われます。
そして、この事件においては、上記判示部分で掲げられている考慮要素をそれぞれ検討の上、損害額の4分の1を請求することができる限度であると認定しました。
これらの事情から、従業員に対して全額の請求を行うことは困難であろうと考えられます。
3. 身元保証人に対する請求
従業員を雇用する場合には、従業員の両親などに身元保証人になってもらうことがあります。その場合、身元保証人は従業員の行為によって会社が損害を受けた場合にその損害を賠償することを内容とすることが一般的であるといえます。
もちろん、保証の内容は契約の内容によって異なります。しかし、保証の多くはその内容に業務から発生する一切の損害を含む形で規定されていると考えられますので、そのような場合には、業務上運転をしていた会社の車による事故によって生じた損害も保証の範囲に含まれているため、身元保証人に対して請求をすることは可能であると考えられます。
しかし、身元保証人については、「身元保証ニ関スル法律」による規律が及びますのでその範囲内である必要があります。口語訳は作成されていない、6条しかない短い法律ですが紹介します。
身元保証ニ関スル法律においては以下のような制限が課されています。
- 有効期間
同法は1条において身元保証契約の有効期間を原則として3年と定めています。しかし、合意によって5年までと変更することが可能です(同法2条)。 - 解除
また、身元保証人は将来に向かって契約を解除することが可能です(同法4条)。具体的には、同法3条に定める事情が生じた場合で、①従業員に業務上不適任又は不誠実なる事実があり、身元保証人の責任を惹起するおそれがあることを知った時、②従業員の任務又は任地の変更が行われ、それによって身元保証人の責任が加重され又は監督が困難になるとき、の2つが挙げられています。これらの事情が生じた場合には、使用者は身元保証人に対して通知を行う必要があり、通知があった場合(又は保証人自ら当該事情が生じたことを知った場合)には、身元保証人は身元保証契約を解除することができます。 - 特約の有効性
同法に反する特約で身元保証人にとって不利となるような特約は無効になります(同法6条)。もちろん、身元保証人にとって不利とならない特約は有効です。 - 責任の範囲
そして、同法では身元保証人の責任の範囲を限定しています。5条は、身元保証人、損害賠償の責任及びその金額を定めるときには(i)監督に関する使用者の過失の有無、(ii)身元保証人が身元保証を成すに至った理由、(iii)身元保証人が払っていた注意の程度、(iv)従業員の任務又は身上の変化、(v)その他一切の事情を考慮する旨を規定しています。すなわち、身元保証人に対する請求することができる範囲は、多くの事情を考慮して決定されることになります。
4. まとめ
以上から、従業員の行為によって会社が損害を被った場合であっても、従業員に対して損害の全額を請求することは信義則上できないと考えられており、又、身元保証人との間の身元保証契約がある場合であっても身元保証人に対して全額の支払い請求することはできないことになります。