職務発明と経済上の利益の提供による企業の特許権の取得

2020/06/10 09:00
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q:従業者等が職務の遂行上行った発明について、会社が特許権を取得するためにはどうすればいいでしょうか。

A:従業者等の職務上の発明について会社が特許取得するためには、①従業者等が当該発明を行う以前に、②従業者等との間の契約・勤務規則等で、従業者等が行った発明について会社等の使用者に特許を受ける権利を取得させることを定めることが必要です。また、特許を受ける権利を取得させることに対する経済上の利益の提供も必要になります。

仮に、②に関する定めがない場合、特許権は当該発明をした従業者等に帰属することになります。その場合には、当該特許権を会社が取得するためには、従業者等から特許を受ける権利の譲渡を受ける必要があります。

1 職務発明制度

(1)職務発明制度について

前提として、職務発明制度について説明します。

そもそも、特許法は特許を受ける権利はその発明した従業者等の自然人に原則として帰属するという立て付けをとっています。例外的に、従業者等が職務上した発明について、一定の要件のもとに職務発明に関する特許権を対価の提供により使用者等が取得できることを定めたものが職務発明制度です。その趣旨としては、従業者が当該発明をするために使用者等が行った貢献に対する代償とし、また、使用者等が職務発明を効率的に利用することを可能にすることがあげられます。

(2)平成27年特許法改正以前

そもそも、平成27年に特許法が改正される以前においては、職務発明について特許を受ける権利は原則通り発明者に帰属するものであり、使用者等が特許出願を行うためには、発明者に対して相当の対価を支払った上で特許出願を行う権利の譲渡を受けなければなりませんでした。

しかし、例えば(i)発明者が複数の場合で、かつ、他社との共同研究であるような場合には、全ての発明者の同意がなければ、特許を受ける権利が全発明者の共有に帰属していることから共同研究の成果を権利承継できなくなるという問題、(ii)権利の承継の際に「相当の対価」の金額をめぐる紛争等が発生していたという問題、(iii)特許を受ける権利について、あらかじめ使用者等が承継していたとしても、従業者等が当該権利を第三者にも譲渡した場合、先願主義を採用している特許権においては第三者が先に特許出願をしてしまえば使用者等は特許権を取得・対抗することができないという問題がありました。

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(3)平成27年特許法改正

このような問題を受けて、平成27年の特許法改正において以下の変更が加えられました。

改正法においては、職務発明に関する権利の帰属について「契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたとき」、特許を受ける権利は、当該発明がされたときから使用者等に帰属するものとされ(特許法第35条第3項)、従業者等は当該発明の対価として、「相当の金銭その他の経済上の利益」を受ける権利を有することが定められました(特許法第35条第4項)。

しかし、そのためには職務発明の完成前に、すなわち「あらかじめ」使用者等に特許を受ける権利を取得させる契約、勤務規則その他の定めを規定しておく必要があることには留意が必要です。

(4)職務発明の対価としての経済上の利益

従業者等が受けることができるとされている「その他の経済上の利益」は、金銭に限られません。特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針(以下、「ガイドライン」といいます)第三の一3において金銭以外の「その他の経済上の利益」が例示されています。具体的には①使用者等負担による留学の機会の付与、②ストックオプションの付与、③金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格、④法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与及び⑤職務発明に係る特許権についての専用実施権の設定又は通常実施権の許諾がその他の経済上の利益の具体例として挙げられています。

これは当該発明による利益が生じていない段階で、金銭的な対価を支払うことは使用者等にとって過度な負担になりうるという問題を解決するもので、将来的な利益等を「その他の経済上の利益」に含めることで特許の取得に関する使用者等の負担が軽減され、特許権を取得することが容易になったといえます。

なお、上記の①~⑤の対価はあくまでも例示であり、これらに限られるものではありませんが、対価の内容はあくまでも合理的なものである必要があり、使用者等が一方的に定めたような不平等なものではなりません。その点について特許法は第35条第5項において、契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合、「相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない」旨が定められています。

そして相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第5項の規定により不合理であると認められる場合(下記2参照)には、従業者等が受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない(特許法第35条第7項)ことになります。この場合であっても、上記のような柔軟な相当の利益の内容を定めることが排除されるわけではありませんが、時々によって従業者等が求める利益の内容は変わるものであり、あらかじめ従業者等との協議により対価となる経済的利益の名用を決定しておくことが望ましいと考えられます。

2 不合理性の判断

上記の通り、法第35条第5項において、相当の利益に関する定めは「その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない」とされています。その内容についてガイドラインで説明されていますので一部紹介します。

ガイドライン第二の一1(二)において、「その定めたところにより相当の利益を与えること」とは「契約、勤務規則その他の定めにより与えられる利益の内容が、職務発明に係る経済上の利益として決定され、与えられるまでの全過程を意味する」とされており、「不合理性の判断では、「その定めたところにより相当の利益を与えること」、すなわち、契約、勤務規則その他の定めに基づいて職務発明に係る相当の利益の内容が決定されて与えられるまでの全過程が総合的に判断されることとなる」とされています。そのため、不合理性の判断においては、当該発明をめぐる一連の活動が総合的に判断されることになります。

また、ガイドラインにおいて「不合理性の判断は、個々の職務発明ごとに行われる」ともされており、各発明に応じて個別具体的に不合理性の判断がされることになります。

しかし他方でガイドライン第一の一においては、「手続の状況が適正か否かがまず検討され、それらの手続が適正であると認められる限りは、使用者等と従業者等があらかじめ定めた契約、勤務規則その他の定めが尊重される」旨言及されており、その観点から使用者等と従業者等との間の意思の疎通を図り、第35条第5項に定める手続き等を適切に履践することが何よりも重要と考えられます。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。