内部告発と従業員の懲戒

2021/03/29 07:33
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

Q: 当社は食肉を業とし、冷凍食品を製造販売しています。当社で作っていた冷凍食品について海外産の肉を国産の肉として産地の表示をしていました。しかし、当社の従業員が産地偽装をマスコミに発表してしまいました。その公表により会社の評判も下がり、売り上げも落ち込んでしまっています。

会社の売り上げを落とすような内部告発をした当該従業員を懲戒解雇したいのですが、問題はないでしょうか。

A: ご相談のような事例の場合には、懲戒解雇の判断には注意する必要があります。というのも、従業員の行為は公益通報者保護法(以下「法」といいます。)が適用されることにより保護される可能性があります。法3条は公益通報を理由とした解雇を無効とする旨を規定しており、解雇したものの無効と判断される可能性があります。

しかし、あくまでも法において保護されるべき公益通報に該当する場合に適用される条文ですので、法における公益通報に該当しなければ3条の規定は適用されない可能性があります。

1. 公益通報者保護法について

まずはじめに、本稿で問題となる公益通報者保護法について概説します。公益通報者保護法は、公益通報が国民の生命、身体、財産その他の利益を守るために有益であるという観点から、公益通報を行う者を保護することを内容としています。

では、「公益通報」とは何を指すのでしょうか。法2条の条文を一部抜粋します。

(法2条抜粋)

労働者が…、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、その労務提供先…又は当該労務提供先の事業に従事する場合におけるその役員、従業員、代理人その他の者について通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、当該労務提供先若しくは当該労務提供先があらかじめ定めた者…、当該通報対象事実について処分…若しくは勧告…をする権限を有する行政機関又はその者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者…に通報することをいう。

(各号省略)

すなわち、同条が定める公益通報とは基本的には、①労働者が、②不正の目的を持たずに③労務提供先等に対して、④通報対象事実が生じている旨を通報すること、をいうと考えられます。

以下では各要件について概観します。

(1) 通報者

法において通報を行うこととされているのは「労働者」です。これは労働基準法9条における労働者と同様の内容であるとされています。労働者は企業の事業活動の中において現場での業務を担当することから、違法行為等について知りうる立場にいることになります。他方で、労働者はあくまでも使用者に雇用されている立場(下請け等であれば業務を受託している立場)にありますので、必ずしもその立場は対等なものではありませんし、通報の内容によっては使用者の不利益にもなり得ます。そうすると、労働者は使用者の利益(ひいては自分の利益)を投げ打ってまで公益のために通報することになります。

そのような地位にある労働者が、使用者から不利な取り扱いをされることを防止することで通報機能を高めるために法は通報を行った労働者を保護しているということになります。

(2) 目的

「不正の目的でないこと」が要件となっています。例えば、通報を行う理由が自己の利益を図ったり、他人に危害を加えることを目的とした場合には保護されません。そもそも、上記の通り労働者を保護するのは公益のために通報したにもかかわらず、使用者から不利な取り扱いをされることを防ぐためですのでこのような場合にはそもそも保護する必要性がないと考えられるためです。

(3) 対象となる事実

通報の対象となるのは、2条3項各号に掲げられている「通報対象事実」であり、大きく2つが規定されています。

(i) 個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる…犯罪行為の事実

(ii) 別表に掲げる法律の規定に基づく処分に違反することが前号に掲げる事実となる場合における当該処分の理由とされている事実(後略)

すなわち、犯罪に関する事実や、行政処分に違反するような事実が「通報対象事実」ということになっています。

(4) 通報

通報を行う場合には、どこに通報を行うかが重要になります。2条柱書きにおいては、(i)当該労務提供先若しくは当該労務提供先があらかじめ定めた者…、(ii)当該通報対象事実について処分…若しくは勧告…をする権限を有する行政機関又は(iii)その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者…(括弧内省略)の3つが通報先として規定されています。

そして、法3条においては、各通報先について保護の要件となる段階を定めており、

(i) 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する場合

(ii) 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合

(iii) 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、次のいずれかに該当する場合

  • (i), (ii)に定める公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
  • (i)に定める公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され、偽造され、又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
  • 労務提供先から(i)(ii)に定める公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合
  • 書面により(i)に定める公益通報をした日から二十日を経過しても、当該通報対象事実について、当該労務提供先等から調査を行う旨の通知がない場合又は当該労務提供先等が正当な理由がなくて調査を行わない場合
  • 個人の生命又は身体に危害が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合

確認すればわかる通り、(i)~(iii)にかけて要件が厳しくなっていきます。(i)においては資料していれば足りますが、(ii)では信じるべき相当の理由が、(iii)では信じるべき相当の理由に加えて、個別の要件が課されています。

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2. 事例について

そもそも、通報したのは従業員で労働者にあたると思われますし、通報された事実は食品表示法に違反する行為であり、当該行為については罰則も設けられています(食品表示法19条)。また、不正競争防止法や景品表示法の観点も問題になると考えられますが、少なくとも、通報対象事実としての要件は満たすと考えられます。

なお、通報の目的はあくまでも主観面ですので、通報者に対してヒアリング等を行い確認することになると考えられます。

そして、通報先については、上記の(i)(ii)いずれにも該当しないため、(iii)その他外部通報先であるマスコミです。そのため、最も加重された要件を満たさなければ保護の対象とはならないということになります。

労働者が法によって保護される場合には、解雇をすることはできないことになります。他方で、公益通報者保護制度により労働者が保護されない場合、解雇を行うことは可能ではあるものの、通報を理由に直ちに解雇できるということにはなりません。あくまでも労働基準法等における懲戒の要件を満たす必要がある点には留意を要します。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。