過量取引の規制

2020/06/10 09:00
この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎
SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
宮本 武明
宮本 武明
SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)

1 過量取引の解除、取り消しの可否

通常、契約が締結されると、契約は両当事者を拘束し、原則として契約をなかったことにはできません。

もっとも、通常必要とされる分量を著しく超えた、過量な商品・サービスの提供については、法的規制があります。この規制により、顧客が求めるままに商品を販売していた場合でも、契約を取り消し、解除できる可能性があります。

これは、事業者にとって重要な規制ですので、以下説明します。 

2 特定商取引法による解除

特定商取引法は、以下の全ての要件を満たす契約について、解除の可能性を定めています。

  • 訪問販売による商品またはサービスの購入
  • 日常生活において通常必要とされる分量を著しく超える商品またはサービスの購入
  • 契約から1年を経過していないこと

すなわち、特定商取引法という法律は、訪問販売で日常生活において通常必要とされる分量を著しく超える商品やサービスの提供に関する契約が結ばれた場合には、契約から1年を経過するまでの間であれば、当該契約を無条件で一方的に解除できると定めています。

この過量取引の規定で解除できるのは、訪問販売による商品やサービスの購入に限られます。そのため、他の形態による商品の購入の場合は、特定商取引法の規定で解除することはできません。例えば、インターネットで大量の健康食品を買ってしまっても、これは通信販売なので解除することはできません。

通常必要な分量等を著しく超える商品やサービスを販売、提供する行為は、消費者に対して無理矢理、場合によっては、欺罔的な手段で契約を迫るものなので、特定商取引法により契約の解除が認められているのです。

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3 消費者契約法による取り消し

次に、消費者契約法による取り消しが考えられます。

消費者契約法第4条第4項は、以下のように定めています(一部割愛しています。)。

「消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの分量、回数又は期間が当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであることを知っていた場合において、その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。」

これは、特に高齢者を対象とした消費者被害が多発していることから設けられた規定とされています。

問題となるのは、どれだけの分量であれば「通常の分量等を著しく超えるもの」といえるかです。

立法担当者の見解としては、消費者契約の目的内容、取引条件、消費者の生活状況及びこれについての当該消費者の認識などを総合的に考慮した上で、一般的・平均的な消費者を基準として、社会通念を基に規範的に判断されるとのことです。

よって、販売側、サービス提供側から見て、明らかに消費者が使い切れない、又は不要と分かるような分量の売買契約やサービス供給契約が締結された場合、本規定によって契約が取り消される可能性があります。

もっとも、単に取引の数量が多かったとの事実のみをもってして、契約が取消し得るわけではないことに注意が必要です。

この規定によって売買契約等を取り消すには、販売側に「当該取引が当該消費者にとって過量である」との認識があったことが必要で、これを購入者側が立証する必要があり、この点の立証は容易ではないものと思われます。

4  民法による取り消し

上述した過量契約の取消し以外にも、過量取引について、民法の一般条項に従って契約を無効にする可能性はあります。

例えば、判断能力の低下した高齢者との間で取引をするに当たって、欺罔的又は不適切な勧誘行為などを行ったときには、公序良俗(民法第90条)、詐欺(民法第96条)や不法行為(民法第709条等)の規定による契約の取り消し、無効又は損害賠償請求の主張が考えられます。また、購入者が高齢者の場合は、意思無能力を理由として契約を無効とし得る点にも留意が必要です。

以上のように、過量取引については、複数の法律を根拠とした解除や取り消しの可能性があり、事業者としては、社会通念上あまりにも分量の多い取引が繰り返されている場合は、販売の相手方が本心からそのような多量の商品、サービスを必要としているのか、個別に確認することが必要と思われます。

この記事の監修者
道下 剣志郎
道下 剣志郎 SAKURA法律事務所 弁護士(第一東京弁護士会)
一橋大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。日本最大の法律事務所である西村あさひ法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。会社法・金商法をはじめとする企業法務全般を手掛け、国内外のM&A、企業間の訴訟案件、危機管理案件、コーポレート・ガバナンス、株主総会対応等、幅広い案件を取り扱う。
宮本 武明
宮本 武明 SAKURA法律事務所 弁護士(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法科大学院法務研>究科卒業。4大法律事務所の1つであるアンダーソン・毛利・友常法律事務所に勤務後、SAKURA法律事務所開業。広くファイナンス分野を業務分野とし、資産運用会社への出向経験を活かして、上場支援、コンプライ>アンス関連業務、M&A、コーポレート・ガバナンス等の案件に従事するほか、訴訟案件や一般企業法務案件も担当する。